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会社概要
| 創立 | 大正8年12月14日 |
| 資本金 | 73,500,000円 |
| 事業所 |
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| 事業の内容 |
にがり商品製造・販売 |
| 取引銀行 | 百十四銀行 仁尾支店 高松信用金庫 高瀬支店 中小企業金融公庫 高松支店 高知銀行 高松支店 商工中金 高松支店 |
| 従業員 | 42名(平成23年4月現在) |
| 関連会社 | 仁尾マリーナ株式会社 |
| 子会社 |
■仁尾産商株式会社 (車えび養殖事業) |
沿革
明治15年8月5日、讃岐塩業人塩田忠左衛門氏は西讃の仁尾村に先代、塩田忠左衛門氏の三男として誕生した。
幼少時代は賢二郎と呼ばれ、慶応義塾に遊学し、経世の偉人福沢諭吉先生に師事してその薫陶を受けた。
明治36年4月には、理財科優秀な成績で卒業し、貿易商森村組(現在日本陶器株式会社)に入社する。
その同年12月、一年志願兵として入隊する。入隊後の明治37年2月5日に日露戦争が勃発したが、入営直後だった賢二郎は出征できなかった。
明治41年10月、勤務していた森村組を退社して帰省、父忠左衛門氏を助けて家業に専念する。大正15年6月25日、尊父忠左衛門が逝去すると同時に尊父の忠左衛門を襲名し、昭和2年1月に仁尾塩田株式会社の取締社長となり社業に遭進する。
当社は、大正8年12月に、瀬戸内海に面した仁尾町において「仁尾塩田株式会社」として創業して以来およそ80年の永きに亘り、塩の製造販売に先進してまいりました。また、昭和26年から製塩で培ったノウハウと設備をもとに、「にがり」の製造に着手。現在「豆腐用にがり」では国内トップメーカーです。
ここでは、そんな当社の製塩時代からの歴史、概要を紹介します。
- 大正 8年12月
- 仁尾塩田株式会社を創立する
- 大正13年 5月
- 入浜塩田59haが竣工する
- 昭和10年 2月
- 平釜式製塩を真空式カナワ式折衷式製塩に改造し、運転を開始する
- 昭和16年11月
- 製塩設備を一部改造し、自家用火力発電設備建設に着手する
- 昭和28年 7月
- 改良事業とし流下式塩田転換工事を行う
- 昭和32年 3月
- 新塩田流下式塩田転換工事が無事竣工する
- 昭和40年12月
- 新真空式製塩装置を導入する
- 昭和44年 3月
- 坂出冷蔵倉庫を開設する
- 昭和47年 1月
- 「塩業の整備および近代化促進に関する臨時措置法」に基づき塩業部門を廃止する
- 昭和47年 6月
- 塩業廃止に伴い、商号を仁尾興産株式会社と変更する
- 昭和48年 7月
- 塩業廃止以来運転中止中の化成工場の設備を改造整備し操業を再開する
- 昭和48年10月
- FRP船の製造については、5月より技術習得に努力し、10月より本格的な製造を開始する
- 昭和49年 1月
- 坂出冷蔵倉庫を増設し、能力は8,317トンとなる
- 昭和50年10月
- 塩田跡地を仁尾浜土地区画整理事業として埋立造成工事に着手する
- 昭和52年 4月
- 不動産事業を営む
- 昭和55年 6月
- 仁尾都市計画事業に仁尾浜土地区画整理事業の換地処分がなされる [ 工事完了 土地整理 ]
- 昭和57年11月
- 商事部門を新設、各種物品販売業を開始する
- 昭和58年 4月
- 商事部門で冷凍食品・養殖餌料の販売に着手する
- 平成 5年 1月
- FRP部門で車椅子入浴装置の共同開発に着手する
- 平成 5年12月
- 坂出冷蔵倉庫に運送事業を開設する(一般貨物自動車・運送事業取得)金坂地区土地区画整理事業の換地処分がなされる [ 工事完了 土地整理 ]
- 平成 8年 2月
- 水産事業部門を新設
- 平成 8年 4月
- 仁尾養殖株式会社は、事業全体を当社に移管し、くるまえび養殖場を新設する
- 平成 8年10月
- FRP部門でストレッチャー式入浴装置の開発に着手する
- 平成 9年 4月
- 餌料販売部門でハマチ養殖に着手する
- 平成 9年11月
- 化成品事業部門で美容塩の開発に着手する
- 平成 12年11月
- IT事業へ参入する
- 平成 12年12月
- FRP部門 閉鎖
- 平成 16年 4月
- 化成品事業部がISO9001:2000の認証(登録)を受ける
- 平成 18年 8月
- 四国経済産業局に塩化マグネシウム(MgCl2・6H2O)国内生産日本一の認定を受ける
- 平成 19年 2月
- 「塩化マグネシウム生産」において、三豊市より日本一名誉賞を受賞
砂をまいて海水をかけ、乾いた砂を集めヌイという穴に入れます。その上から海水をかけて塩分の濃くなった海水(カンスイ)を管を通して集めます。そのカンスイを煮詰めて結晶化して塩をつくります。砂を集めたり、海水をまいたりするのは全て手作業で行われていました。昭和32年ごろまで本製法で作られていました。
枝条架・流下式塩田は砂の上に海水を流してそれを竹で組んだ枝条架の上にポンプを集め、また下に流し海水の濃度を上げ最後に釜で煮詰めて塩を作ります。
昭和32年から47年まで本製法で作られていました。